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おおさか東線のJR野江駅の史跡

最終更新: 2019年9月17日

おおさか東線が、2019年3月16日に全線開通しました。私の生まれ育った放出駅にも関係することですので、興味があって開通の日に、さっそく乗ってみました。

 2008年3月に、放出駅から南側の久宝寺駅までの開通では、それ程の人出はなかったのですが、今回は、多くの人が関心を持ったようで、終日、多くの人が乗り降りしていた印象です。久宝寺駅から新大阪まで、乗り換え無しで乗車できるのは大きな魅力ですね。はたまた、おおさか東線の開通は近頃の、大阪の沈滞ムードに明るさをもたらす話題でもあって、そうゆう機微で、皆さんが足を運んだのかもしれません。

 

何れにしても、新しい路線ができるというのは、何だか、明るい、嬉しいことですよね。


16日は、そんな目出度い日ですので、多くの人がおおさか東線ネタをネットにアップされていると思います。私は、ちょっと視点を変えて、その沿線の史跡をご紹介することに致します。こちらは、2001年12月にも訪ねており、約18年ぶりの再訪です。


JR野江駅から徒歩5分程のところにある、榎並城跡をご紹介します。ここは大阪市城東区にある、榎並小学校周辺がその跡地と推定されています。また、この地は、猿楽の発祥の地としても推定されています。ただし、公式的には、18年経っても何もハッキリとしたことは解っていないようです。


この榎並城の城主は、阿波国(現徳島県)出身の戦国武将三好政長・政勝父子でしたが、この人物は当時の中央政権(京都)でも重用された人物でしたので、このあたりは重要な地域でした。天文18年(1549)に、三好政長は、この地よりも北東の「江口」地域で戦いに敗れて戦死します。そのことで、榎並城を守っていた政勝も敗走し、その後、この城のことは歴史的記録に見られなくなります。


榎並城は当時の政権を支えていた重要人物が、ここを拠点に活動しており、日本史上でも重要なことですが、今ではあまり知られずに、ひっそりと語り継がれる程度です。






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